2013年に「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録され、日本の伝統的な食文化に対する注目が高まっています。こうした日本の「食」と「農」の価値を国内外に発信し、日本を元気にすることを目指して、来春、東京農業大学 国際食料情報学部に「国際食農科学科※」が誕生します。同学科の学びについて上岡美保教授に伺いました。
※2017年4月開設
生産から消費までを
トータルに学ぶ
国際食農科学科では、「農」と「食」、すなわち農産物の「生産」から「消費」までのプロセスをトータルに学ぶ。「1・2年次で農業生産技術、食品の加工・商品開発技術、販売・マーケティング、食農文化・食育の基礎などを一通り学び、その中から興味のある分野を選んで3年次から研究室で研究を深めていきます。座学だけでなく実践を重視し、実験や実習、ファームステイなどを数多く実施。大きな特徴は、農学や食品科学といった自然科学に加えて、経済学や経営学などの社会科学、地域の文化や歴史といった人文科学を融合し、多角的にアプローチすること。非常に学びの幅が広い、欲張りな学科といえるかもしれません」と上岡教授は笑う。
文化や歴史が食と農にどう関わるのか、疑問に思う高校生もいるかもしれないが、実はそれが、農業や地域に新たな価値やビジネスを生み出すカギなのだそうだ。「最近、農作物を使って新たな食品を開発し、地域の活性化につなげようとする取り組みが増えています。でも、単にこの農作物がたくさんとれるから食品にしました、ではうまくいかない場合がある。なぜその農作物がその地で作られ、食べられてきたのか、どんな由来があるのかといった、消費者の心をつかむ『ストーリー』が必要なのです」。
例えば、新潟県佐渡市では「朱鷺(とき)と暮らす郷(さと)」と名付けられたコシヒカリが生産されている。トキは国の特別天然記念物。かつて佐渡には野生のトキが生息していたが、環境破壊や乱獲により絶滅してしまった。そこで、トキの野生復帰を目指し、エサとなるさまざまな生物が暮らす生態系の復元に取り組んだ。水田への農薬や化学肥料の使用を抑え、雑草は手で抜く。そうした昔ながらの農法で栽培されているのが、このお米だ。さらに、収穫が終わった冬も水田に水をはり、トキのエサ場を確保。こうした努力が実り、トキは再び佐渡の空によみがえった。生きものを育む農法で作られたお米だから、人間も安心して食べることができる。なお、この取り組みは世界からも高く評価され、2011年、佐渡市は世界農業遺産※1に登録された。
生産の背景を伝え
消費者の意識を変える
このお米は栽培に手間がかかるだけに、価格も少々高い。しかし、大量生産・大量消費の時代が終わり、食の安全・安心への関心が高まる今、農産物の背景にあるこうしたストーリーに価値を見出す消費者が増えているという。ちなみに、このお米の売上の一部はトキの保護募金に寄付されているそうだ。
消費者にとって価格の安さは確かに魅力だ。でも、それだけではない「農のさまざまな価値」を伝えていくことで、消費者の意識や行動を変えられると、上岡教授は言う。こうした消費者に対する「食農教育」が、上岡教授の研究テーマの一つだ。「買う人が増えれば生産者はもっと作ろうと思うはずです。農作物の国内生産、国内消費を喚起することは、食料自給率の向上や日本の農業を守ることにつながります。さらに、国産農産物の積極的な生産・消費拡大は、環境問題の解決や、伝統文化の継承、地域経済の活性化などにも寄与します。日本の農業は、後継者不足や安い輸入農作物の増加など厳しい状況に直面していますが、生産者だけに努力を求めるのではなく、消費者自身が変わることで、現状を改善できる可能性は大いにあるのです」。
食農の新たな価値を
創る人材を育成
消費者の意識を変えていくためには、農業生産の背景を理解し、正しい情報を発信していくことが不可欠だ。上岡教授の研究室では、生産者が都市部で農産物を直売する「マルシェ」に定期的に足を運び、販売のサポートや消費者ニーズの調査を行っている。
「生産者のものづくりにかける思いと、都市に暮らす消費者が食や農に求めていること。その両方を聞き取り、両者に伝えることで、消費者は自分たちが欲しいと思う農産物を手にできるようになるし、農業・農村も活性化していく。消費者と生産者、都市と農村をつなぐことで、双方にメリットをもたらすWin-Win(ウィンウィン)な関係を築くことができるのです」。
同学科では、こうした連携を推進するコーディネーターや、「食の6次産業化プロデューサー※2」などの食農振興を支援する人材、食農事業や食農教育に携わる人材の育成を目指している。「食農科学は社会を変える大きな力をもつ学問です。この学科で一緒に学び、地域を、日本を元気にしていきましょう!」
※1…世界農業遺産:国連食糧農業機関(FAO)が2002年より開始。次世代へ継承すべき重要な農法や生物多様性を有する地域を認定するもの
※2…食の6次産業化プロデューサー:生産(1次産業)、加工(2次産業)、流通・販売・サービス(3次産業)の一体化や連携により、食分野で新たなビジネスを創出する人