木は、地球上で最も長生きをする生き物だといえるかもしれません。日本にも樹齢1000年を超す古木が現存しています。そして、木が生きてきた歴史が刻まれているのが、幹の内部にある「年輪」です。年輪と気候の関係などを研究している東京農業大学森林総合科学科の桃井尊央助教にお話を伺いました。

すべての木に年輪があるの?

年輪は、樹木の断面に形成される同心円状の模様だ。樹皮の下にある形成層という部分が、木部を内側に押し込みながら外側に向かって成長していく過程でできる。1年に一つずつ増えるので、年輪を数えれば樹齢がわかる。

 「ただし、年輪ができるのは日本のように季節の違いがはっきりしている地域の樹木。例えば、合板(ベニヤ板)に使われる『ラワン』のように、熱帯などで育つものにはできないんです」と桃井助教が教えてくれた。

 年輪の幅は一定ではない。狭いところもあれば広いところもあり、広いほど成長がよかったことを表している。そういえば、樹木は日の当たる南側がよく成長するから、年輪もそちらに向かって楕円になる。だから、山で迷った時は切り株の年輪を見れば方角がわかる、と言われているけれど、本当だろうか。

 「年輪の幅が広いほうが南だ、という説ですね。あれは間違いなんです(笑)。例えば斜面に生えている場合、幹が傾かないように、針葉樹は谷側が、広葉樹は山側がより成長するので年輪が楕円になるんです。なので、残念ながら年輪から方角を知ることはできません。でも、年輪を解読すると、もっと面白いことがわかるんですよ」

年輪は過去を測る「モノサシ」

年輪を解析することで得られる情報の一つが、過去の気候変動だ。

 桃井助教は東京農業大学奥多摩演習林で、樹木の年輪と、この地域の気候との関係を研究している。調査を進める中で、最近興味深いことがわかってきたそうだ。2〜3月の気温が高いとアカマツなどの針葉樹の年輪の輪が広くなり、低いと狭くなるのだ。「樹木が実際に成長するのは4月から10月頃までなのですが、成長の良し悪しは春先の気温の高低によってかなり制限されていることになります」

休眠期の形成層付近の様子(モミ)

さらに、過去50年間の年輪幅の年変動と、気温の年変動を照らし合わせたところ、両者の変動パターンはほぼ同じだった。「つまり、樹木には生育地域の気候変動が忠実に反映されているということです。だから、年輪幅の変動を『モノサシ』として使えば、たとえ気象データのないはるか昔の気候でも『復元』できるんです」

 過去の気候変動を知ることは、今後の環境変化を予測していく上で非常に重要だ。実際に、気象庁などから発表されている気候予測には、年輪幅の変動を元にしたデータも使われているという。また、年輪幅の変動を用いれば、遺跡から発掘された古い木製品などがいつ頃作られたのかも正確につきとめられるというから驚く。

 年輪は気温や降水量といった気候だけでなく、動物や虫による害などからも影響を受ける。「年輪は、私たちが知ることのできない遠い昔のことを記憶し、今に伝えてくれるのです」

アフリカで樹木の成長を調査

桃井助教は、奥多摩のみならず、アフリカのジブチ共和国でも樹木の調査を行っている。東京農業大学が推進している沙漠緑化プロジェクトのメンバーの一人として、現地の緑化樹木の選定に取り組んでいるのだ。

 「現地の人々の暮らしに役立つように、成長が早く、木材として活用できる樹木を探したい。その前段階として、まずは現地の樹木がどのように成長しているのかを調べています」。とはいえ、極度の乾燥地帯だけに年輪がない樹木が多く、樹齢を把握するのも容易ではない。そこで、幹に小さな傷をつけ、新しく形成された細胞を見て成長の仕方や速度を調べている。

ジブチ共和国でのマングローブ調査の様子

もともとは獣医師を目指していたという桃井助教。野鳥や動物を観察するために山歩きをするうちに、動物を守るためには彼らのすみかである山を守ることが必要だと気づいて林学を学ぼうと決意した。「そこから木へ、さらに木の幹へ、と興味がどんどん広がっていって…。大学3年次にチベットで川下りをしながら採取した樹木の年輪を卒論で研究したことがきっかけで、年輪から離れられなくなってしまいました」と笑う。

 実は、樹木の年輪からは幅だけではなく密度や年輪に固定された炭素や酸素などの情報も得られるそうだ。「年輪は様々な分野の研究者と連携できる身近で面白いツールです。このような研究も木材研究の一つなんですよ」