梶田隆章教授と、取材した高校生記者(10月23日、千葉県柏市の東京大学宇宙線研究所=高松英昭撮影)

宇宙の成り立ちの謎を探る素粒子ニュートリノの研究でノーベル物理学賞を受賞する梶田隆章東京大学教授。高校生記者の一つ一つの質問に真摯(しんし)に答えてくれた。
(聞き手・林香織、前田黎、加藤日向)

人類の知的財産に貢献

──「ニュートリノに質量がある」という発見は、社会にどんな影響がありますか。

梶田 直接的な影響はないと思います。それでも、この発見は、人類共通の知的財産なので、人類全体の知が深まっていくことに貢献できたと思っています。

──研究のどんなところが面白いですか。

梶田 素粒子物理学は、宇宙の進化の謎を解くことに直接関わっていることがだんだん分かってきました。宇宙の成り立ちや宇宙の進化の答えを探っていくことは楽しいですね。

 「われわれが観測しているのは、世界で初めてのデータかもしれない」というワクワク感があるなど、研究を続けていると、多くの局面でいろいろな楽しさがあります。その楽しさが研究を続ける支えにもなっています。装置作りや観測が好きなので、研究成果が出るまでに時間がかかっても、全然苦にはなりません。

スーパーカミオカンデ内部で(後列左端が梶田先生)(写真提供・東京大学宇宙線研究所)

高校の勉強が今の基礎に

──どんな高校生活でしたか。

梶田 勉強をやり、部活を一生懸命やり、かなり充実した高校生活だったと思います。勉強と部活の両立は難しかったけれど、やるしかなかった。部活の仲間など、一生の友人に出会えた貴重な時間だったと思います。

──物理に興味を持ったきっかけは何ですか。

梶田 正直、よく分かりません(笑)。思い返してみると高校では地学が好きで、地球や天文に興味がありました。大学で勉強するうちに、だんだん素粒子の世界に興味を持つようになりました。

──高校時代の自分にアドバイスするとしたら、何を伝えますか。

梶田 「中学、高校、大学、大学院の学習や学問の質の違いを早くから認識しなさい」ということかな。中学では一夜漬けでどうにかなった勉強も、高校ではそんなに簡単にはいかない。高校の学習は、これから先の学問の基礎になります。その基礎があるからこそ、学問とはどういうものかを大学で知ることができ、大学院での研究に取り組めると思います。

──微積分など学校で習う数学は何に役立つのですか。

梶田 高校生の時にはよく分からないかもしれないけれど、微積分はものすごく重要な概念です。大学で理系に進むと「あ、こういうことだったんだ」と分かるので、今はだまされたと思って、一生懸命勉強してください(笑)。高校時代の数学や物理は全ての基礎になるので、私の今の研究にも役立っているともいえますね。

──研究者としてのターニングポイントはありましたか。

梶田 大学生から大学院生になる時ですね。大学生のころは研究者になれる自信がなかったし、研究よりも部活に力を入れていました。大学院生になって研究に明け暮れる毎日になると、ただただ楽しくて、自信の有無なんて関係なく、研究者になるんだという自覚が高まったように思います。

──博士として生き残るために、短期間で研究成果を出さなくてはいけないというプレッシャーはありましたか?

梶田 今の若い博士は短い任期の中で論文を書かなければならないというプレッシャーがあるようですね。そのような傾向は、私が若い頃より今の方が強いと思います。

 私が博士号を取ったのは1986年ですが、直後にそのようなプレッシャーの中で研究をしていたら、今回のノーベル賞受賞につながるような研究はできなかったと思います。

タフでしなやかであれ

──高校生の進路選択で重要なポイントはありますか。

梶田 大学に入る時に、やりたいと思う学科に進むことがとても重要です。高校生には、早くから理系か文系かを自分で決めつけず、より幅広いことを学んで、より深く学びたいと思える分野を見つけてほしいですね。本音を言うと、大学である程度学んでから学科を選べるのが理想だと思います。大学に入ってみないと、その分野の本質はよく分からないですから。

──研究者を目指す高校生に必要な資質は何ですか。

梶田 タフで、しなやかでなければいけない、と思います。自分の考えに完全に凝り固まっていると行き場がなくなるかもしれません。だからといって、すぐに自分の考えを捨ててしまっては前に進めない。バランスが大切です。

──これから日本社会はどのようになったらいいと思いますか。

梶田 若いみなさんが学問や研究に取り組める平和で平等な社会であってほしいです。

(構成・山口佳子)

かじた・たかあき 1959年、埼玉県生まれ。埼玉県立川越高校卒。埼玉大学理学部物理学科を卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専門課程で博士号取得。98年、ニュートリノ振動が存在する根拠を発表。99年から、東京大学宇宙線研究所教授。2008年から同所長。

梶田教授の歩み
 高校時代  埼玉県立川越高校で学ぶ。部活で弓道に熱中。物理、生物、地学が好き。日本史や世界史にも興味があった。古文・漢文は苦手。
 大学時代  素粒子物理学に興味を持ったが、引き続き弓道に熱中。3年次に大学院受験を決意。
 大学院時代  小柴昌俊教授(2002年ノーベル物理学賞受賞)の研究室に入り、研究に明け暮れる毎日。研究者になることを意識する。1986年、博士号を取得。大気ニュートリノに関する研究を開始。
 1998年  ニュートリノに質量をあることを示す「ニュートリノ振動」の観測データを発表。学会は満場の拍手が起きたという。

 

ニュートリノ振動 
物理学の「常識」覆す発見
 これ以上小さくすることができない「素粒子」の一つ、ニュートリノが長距離を飛ぶ間に種類を変える現象のこと。ニュートリノは上空から無数に降り注ぐが、極めて小さく、電気を帯びていないため、他の物質とほとんど反応せず、観測は非常に難しい。かつては質量がなく変化もしないとされてきたが、梶田教授のグループは、岐阜県・神岡鉱山の観測装置「スーパーカミオカンデ」を使ってニュートリノを観測し、振動を初めて捉え、ニュートリノに質量があることを証明した。
ニュートリノを観測できるスーパーカミオカンデ(写真提供・東京大学宇宙線研究所神岡宇宙素粒子研究施設)

高校生記者から

●梶田教授のお話の中で最も印象に残っているのは「これからの研究者に必要なのは、タフさとしなやかさのバランス」という言葉だ。徹底的にタフだったり、柔軟であったりすることはできても、そのバランスを見つけるのは自分一人では難しい。だからこそ、たくさんの意見に出会い、自ら研鑽を積み、バランスが取れる点を見つけたいと思った。
(林香織)

●「素粒子物理学は、人類共通の知的財産になる」──梶田先生にお話の中で印象に残っているのは、この言葉だ。私は、科学では、人の役に立つために何ができるか、ということばかりを重視していた。しかし今回の取材で、科学を学ぶ根本的な意味とは、「役立つ」ことを考えるだけではないのだと感じた。
(前田黎)

●高校の勉強は量が多く、難易度が上がり、手が回らなくなってしまうことが多々ある。しかし、梶田先生のお話を聞いて、今苦しんで取り組んでいる勉強は、将来どこかで役に立つと分かった。梶田先生がおっしゃる「だまされたと思ってやる」ことは、受験勉強を超え、社会に出たときに大きく役立つということが、一番心に残った。
(加藤日向)


(高校生新聞2015年11月号掲載記事に加筆)

高校生記者のインタビューに応える梶田隆章教授(高松英昭撮影)

インタビューの様子は動画でも見ることができます。
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